この記事の要点
栃木県は2026年(令和8年)3月、栃木県「とちぎデジタル戦略について」(2026年3月)のとおり「とちぎデジタル戦略2026〜2030」を策定しました。推進期間は令和8年4月1日から令和13年3月31日までの5年間です。2021年に初めて策定された戦略の改定版にあたります。
この文書は行政計画なので、そのまま読むと自社に関係のある部分が見つけにくくなっています。ただし中身には、県が自ら「県内のデジタル人材のスキル水準は全国平均を下回る」と書いた現状認識と、民間企業向けの具体的な支援メニューが並んでいます。この記事では、24ページの本文から県内中小企業に効く部分だけを抜き出し、どこが自社の入口になるのかを整理します。数値と施策名はすべて県の公表資料にあたって確認しました。
戦略の位置づけと期間
何にもとづく計画なのか
栃木県「とちぎデジタル戦略2026〜2030」(令和8年3月・PDF)は、2つの根拠を持つ計画として位置づけられています。ひとつはe-Gov法令検索「官民データ活用推進基本法」(平成28年法律第103号)第9条にもとづく都道府県官民データ活用推進計画、もうひとつは栃木県デジタル社会形成推進条例第8条にもとづくデジタル社会の形成に関する基本的な計画です。
条例のほうは栃木県「栃木県デジタル社会形成推進条例について」のとおり、令和6年(2024年)4月に施行されています。戦略の「施策の方向性」が条例の第9条から第13条の規定に沿って構成されているのは、条例の浸透を図るためだと本文に明記されています。つまりこの戦略は、県の思いつきではなく条例の実施計画として読むのが正確です。
なぜ5年で改定したのか
改定の理由として挙げられているのは、2021年の初回策定から5年が経過したこと、AIやロボティクスなど新技術の進展が生活やビジネスに影響を与えていること、2024年4月に栃木県デジタル社会形成推進条例が施行されたこと、そして2025年6月に閣議決定された「地方創生2.0基本構想」で「新時代のインフラ整備とAI・デジタルなどの新技術の徹底活用」が政策の5本柱のひとつとして示されたことです。
国の方針の変化を受けて県の計画が動いた、という順序になっています。県の施策を先読みしたい事業者は、国の基本構想の側も見ておくと動きが読みやすくなります。
県が挙げた現状認識を数字で読む
人口はピークから減少局面に入っている
戦略の「現状と課題」は人口減少から始まります。栃木県「とちぎデジタル戦略2026〜2030」(令和8年3月・PDF)によれば、栃木県の総人口は平成17年(2005年)に過去最高の201万6,631人に達しましたが、その後減少に転じ、減少幅が拡大する傾向にあります。少子化や県外への転出超過の傾向が続けば、令和42年(2060年)には約128万人にまで減少すると予測されています。

年齢構成では、令和2年(2020年)時点で年少人口(0〜14歳)が約12%、生産年齢人口(15〜64歳)が約59%、老年人口(65歳以上)が約29%。人口の約3.4人に1人が65歳以上という状態です。今後は年少人口と生産年齢人口が減り続ける一方、1970年代前半に生まれた世代の加齢に伴って高齢化がさらに進むと予測されています。
戦略はこの認識から、生産年齢人口が減る中でも社会を維持しつつ高付加価値を創出していくためには、生産性や利便性の向上、業務の効率化に有効なデジタル技術の活用が不可欠だと結論づけています。
県は「人的資本が弱い」と自ら書いている
中小企業にとって重要なのはこの部分です。戦略は、民間調査会社が開発したDCI(デジタル・ケイパビリティ・インデックス)という指標を引き、栃木県は全国平均を下回っており、特に「人的資本(デジタルスキルの保有度やICT教育など)」の項目が比較的低い、と書いています。
出典は野村総合研究所「DCIに見る都道府県別デジタル度」(2024年4月)から県が作成したもので、栃木県「とちぎデジタル戦略2026〜2030」(令和8年3月・PDF)に掲載された人的資本の数値は全国平均12.9に対して栃木県が10.1。近隣と並べると、茨城県13.2、群馬県10.6、埼玉県13.3、千葉県11.3、東京都16.8、神奈川県14.7です。
あわせて、情報サービス業の事業所数・従業者数は東京圏に集中しており、栃木県は関東地方で最も少ないとも記されています。県内で外部のIT事業者に頼りきる設計が難しいということでもあります。裏を返せば、自社の中で使える人を育てた企業ほど相対的に前に出やすい環境です。研修の組み方は中小企業の生成AI研修設計5ステップにまとめています。
課題のまとめは6項目
戦略は現状と課題を6つに整理しています。人口減少社会(生産年齢人口減少)への対応、デジタル社会への適応力の格差の是正、地域産業の競争力強化やデジタル人材の育成・定着、地域課題の解決におけるデジタル技術やアイディアを有する企業等との連携、行政や地域の担い手不足への対応、機運醸成とデジタルを使いこなすためのリテラシー向上です。
このうち3番目と4番目は、民間企業が当事者として名指しされている項目です。県の施策の受け手になるだけでなく、担い手として想定されている、という読み方ができます。
5年間の基本目標と3本柱
グランドデザインと基本目標
戦略が掲げるグランドデザインは「全ての県民がデジタル技術の活用によりもたらされる恩恵を享受し、便利で快適に暮らし続けることができる地域社会の実現」。5年間の基本目標は、デジタル技術を活用した「共に創る 人も地域も輝く”元気なとちぎ”」の実現とされています。

3本柱の中身
施策を進める上での基本姿勢・視点として、3本柱が置かれています。
戦略1:多様な主体によるデジタル社会の共創。 人口減少や高齢化等による人手不足が進行し地域の持続が困難になりつつある中で、多様な地域資源を活かし、施策・人材・技術を掛け合わせて新たな付加価値を創出することを狙いとしています。
戦略2:行政のデジタル基盤強化・事務効率化の推進。 行政部門でも職員確保が課題となる中、県民サービスの維持・向上のためにデジタル基盤の強化と事務効率化を進め、共同利用・調達等による資源の有効活用を図るとしています。
戦略3:県民のデジタルに対する理解と利用の促進。 技術は進化し続けるため、県民が変化を前向きに受け入れ、暮らしにデジタルを活かせるよう、理解と利用を支える環境整備を行うとしています。
企業が関わりやすいのは戦略1です。戦略2は行政内部の話が中心、戦略3は県民向けの普及啓発が中心になります。
施策の方向性は5本立て
条例の規定に沿って、施策の方向性が5本に整理されています。便利に暮らすことのできる地域社会の実現(条例第9条)、安全で快適なデジタル技術の利用(第10条)、デジタル人材の育成等(第11条)、情報システムの連携等(第12条)、デジタル技術の利用のための能力等における格差の是正(第13条)です。

産業分野のDXは第1の柱の中にある
「便利に暮らすことのできる地域社会の実現」の中に、産業分野のDXが置かれています。主な取組として挙げられているのは、とちぎビジネスAIセンターを核とした県内民間企業のデジタル化・DXの加速化に向けた支援や、個別的課題解決のための伴走支援です。あわせて、人流データ等を用いたマーケティングの強化やAIを活用したプロモーション、生成AI等を活用した新たな技術・サービスの創出に向けた実証等への支援にも取り組むとしています。
戦略が名指ししている支援機関はここです。とちぎビジネスAIセンターの窓口の使い方と当日までの流れはとちぎビジネスAIセンターの使い方にまとめました。「戦略に書いてある施策の入口はどこか」と問われたら、まずここになります。
同じ柱には、先端技術を学ぶ推進拠点の設置とスマート農業機器の導入・データ利活用の促進、地域特性に応じたスマート林業の推進、無人自動運転移動サービス等の新技術の導入・活用への支援強化、医療・介護分野では「とちまるネット」など既存の地域医療連携ネットワークと医療DXの連携、介護ロボット・ICT機器の導入支援事業による業務効率化も並んでいます。いちご農業を含む農業分野の実務はいちご農家の生成AI活用6場面で扱っています。
人材育成のところに民間企業の項目がある
「デジタル人材の育成等」には、県庁職員向けとは別に、民間企業等におけるデジタル人材の育成・確保の項目があります。県内民間企業等におけるICTやAI・IoT等の新たな技術に対応できる人材の育成、生産性向上に向けた従業員のリスキリング支援、女性活躍の裾野拡大に向けた女性デジタル人材の育成に取り組むとされています。あわせて、業界団体等と連携した地域ITベンダーの育成や学生とのマッチング支援、産業技術専門校による支援も挙げられています。
戦略の本文は、民間企業においてはデジタルスキル標準にもとづく人材像の明確化や従業員のリスキリング支援、さらには女性活躍など、経営戦略と連動した人材育成が必要だと書いています。誰に何を身につけさせるかを先に決めよ、という趣旨です。
セキュリティの支援もメニューに入っている
「安全で快適なデジタル技術の利用」には、中小企業・小規模事業者を対象としたサイバーセキュリティセミナーの開催や、サイバー攻撃対策通信による継続的な注意喚起が挙げられています。生成AIの導入と情報の取り扱いは同じ課題の裏表なので、社内ルールを作る段階で押さえておくべき部分です。線引きの手順は生成AIガイドラインの作り方にまとめています。
進み具合を測る指標
戦略の参考欄には、新とちぎ未来創造プランや行財政改革大綱、分野別計画における代表的な指標を注視していくと記されています。具体的な数値目標として示されているもののひとつが、地域の課題解決等に資するデジタル技術を活用した取組数(累計)2030年:306件です。

これまでの取組の実績としては、「未来技術の活用による地域課題の解決・改善事例数」が目標値を超えたこと、「未来技術を活用し地域課題の解決・改善に取り組む市町数」が増加したことが挙げられています。一方で、技術やアイディアを有する民間企業・団体等の地域課題解決への更なる参画を促すことが課題として残る、市町においてはDXを推進するデジタル人材等の不足が課題となっている、とも書かれています。
県は民間の参画が足りないと自認しています。県や市町と組みたい事業者にとっては、追い風が吹いている側の項目です。
中小企業がこの戦略から使う順番
24ページを読み込む必要はありません。自社で使う順番は3つに絞れます。

1. 相談の入口を1つ決める
戦略が核と位置づけているとちぎビジネスAIセンターに、まず1回相談を入れます。何から手を付けるか決まっていない段階でも構いません。従業員が数名の事業所であれば、地域の商工会・商工会議所の経営指導員のほうが早いこともあります。
2. 育てる人を先に決める
県がDCIの人的資本の低さを課題として挙げ、リスキリング支援を施策に置いている以上、支援を受けるにも受け手が要ります。誰に何をできるようにするのかを、経営側が先に決めてください。全員に薄く配るより、1人か2人に絞ったほうが、支援メニューとの接続がはっきりします。
3. 社内ルールを先に1枚作る
セキュリティ支援も生成AIの実証支援も、社内で何を入力してよいかが決まっていないと止まります。A4で1枚あれば足ります。ここまでを揃えてから支援メニューを取りに行くと、話が早く進みます。県内の補助金・支援制度の一覧は栃木県の中小企業向けAI導入補助金・支援制度まとめに整理しました。制度によっては対象となる場合があります(要件審査あり・支給を保証するものではありません)。
この戦略で確認できないこと
戦略は県全体の方向性を示す文書であり、個別の補助制度の要件や公募時期は書かれていません。金額や締切は、各制度の公募要領を都度確認してください。また、市町ごとのDX計画は別に定められており、宇都宮市など個別の市町の施策はこの戦略の範囲外です。
推進体制としては、栃木県デジタル社会形成推進本部(本部長:知事)、市町を支援するデジタル社会形成推進研究会、県と市町が連携するスマートシティ推進協議会が置かれています。いずれも行政側の体制であり、企業が直接参加する枠組みとしては記載されていません。
よくある質問
Q. とちぎデジタル戦略2026〜2030の期間はいつまでですか。
A. 令和8年(2026年)4月1日から令和13年(2031年)3月31日までの5年間です。ただしデジタル技術の進化等を踏まえ、見直しが必要となった場合は随時見直しを行うと本文に記載されています。
Q. 前の戦略とは何が違いますか。
A. 初回の戦略は令和3年(2021年)3月に策定されました。改定の理由として、AIやロボティクスなど新技術の進展、2024年4月の栃木県デジタル社会形成推進条例の施行、2025年6月に閣議決定された「地方創生2.0基本構想」が挙げられています。施策の方向性を条例の規定に沿って構成し直した点が、構造上の大きな違いです。
Q. 中小企業が直接使える支援はどこに書かれていますか。
A. 産業分野のDXの項に、とちぎビジネスAIセンターを核とした支援と個別的課題解決のための伴走支援、生成AI等を活用した新たな技術・サービスの創出に向けた実証等への支援が挙げられています。人材面では、民間企業等におけるデジタル人材の育成・確保の項に従業員のリスキリング支援が、セキュリティ面では中小企業・小規模事業者を対象としたサイバーセキュリティセミナーが記載されています。
Q. DCIの「人的資本」が低いとは、具体的にどういう意味ですか。
A. DCIはデジタル・ケイパビリティ・インデックスの略で、社会のデジタル化の度合いを可視化するための指標です。県が引用した野村総合研究所の2024年4月の資料では、人的資本(デジタルスキルの保有度やICT教育など)の数値が全国平均12.9に対して栃木県は10.1でした。県はこの項目が比較的低いことを課題として明記しています。
Q. 県の戦略に載っていれば補助金が出ますか。
A. 出るとは限りません。戦略は方向性を示す計画であり、個別の補助制度の要件や予算は別に定められます。制度によっては対象となる場合があります(要件審査あり・支給を保証するものではありません)。実際に使えるかどうかは、各制度の公募要領で確認してください。
Q. 自社は製造業ですが、戦略のどこを読めばよいですか。
A. 産業分野のDXの項と、デジタル人材の育成等の項の2か所です。前者に支援の入口、後者に人材育成のメニューがあります。製造の現場での具体的な使い方は栃木の自動車部品製造×生成AIや医療機器の品質文書を生成AIで作る4原則を参照してください。
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参考・出典
- 栃木県「とちぎデジタル戦略2026〜2030」(令和8年3月・PDF)
- 栃木県「とちぎデジタル戦略について」(2026年3月)
- 栃木県「栃木県デジタル社会形成推進条例について」(2024年4月施行)
- e-Gov法令検索「官民データ活用推進基本法」(平成28年法律第103号)
- とちぎビジネスAIセンター
この記事で確認できていないこと
- 戦略に記載された各支援メニューの2026年度の予算額と公募時期。戦略本文には記載がなく、2026年9月時点で個別の公募要領を確認する必要があります
- 栃木県の情報サービス業の事業所数・従業者数の最新値。戦略は令和3年経済センサス活動調査から作成した図を掲載していますが、県別の内訳の読み取りは本記事では行っていません
- ITパスポート試験の県内合格者数の年度別実績。戦略にグラフは掲載されていますが、実績値と目標値の対応が図から一意に読み取れないため、本記事では数値を引用していません