総務・経理・労務を数人で兼務している会社ほど、生成AIは「文章を書く仕事」から効きます。結論は、社内通知・規程改定のたたき台・想定問答など7場面に絞って使い、税務代理や社会保険の手続き代行といった士業の業務には持ち込まないことです。栃木県内の中小企業を想定して、線引きと具体的な使い方を整理します。
栃木の中小企業で、間接部門は「一人何役」になっている
栃木県は製造品出荷額等が約9.4兆円、県内総生産額に占める製造業比率が40.0%で全国2位という産業構造です(栃木県企業立地ガイド「産業の集積」)。人と予算が現場に厚く配分される一方で、総務・経理・労務をまとめて1〜2名が受け持っている会社は珍しくありません。採用しても引き継ぎに数か月かかる職種でもあり、増員が最初の答えになりにくい領域です。
生成AIが最も使われているのは、間接部門の仕事そのもの
IPA「DX動向2026」(2026年7月30日公開)によると、AIの利活用用途として回答が多かったのは「文書・音声の要約・翻訳・校正」82.5%、「文書・レポートの作成(社内・社外)」80.5%、「情報検索・収集・分析・レポーティング」77.0%でした。いずれも間接部門が日常的にやっている仕事です。総務省「令和8年版情報通信白書」(図表Ⅰ-2-1-6)でも、自社の何らかの業務で生成AIを利用していると回答した日本企業は86.4%とされています。つまり、生成AIの主戦場は現場の自動化ではなく、事務の文章仕事のほうにあります。
それでも小さい会社ほど動けていない
同じIPAの調査では、生成AIの組織での利用状況について「個人で業務利用している」が63.3%だったのに対し、「部署の業務プロセスに組み込まれている」は11.9%にとどまりました。従業員規模100人以下では「関心はあるがまだ特に予定はない」が34.6%です。担当者が自分のパソコンで試してはいるが、部門の手順には入っていない。この段階から抜けるには、使う場面を先に決めてしまうのが早道です。
生成AIに任せる仕事と、士業に任せる仕事を先に分ける

間接部門の業務は、法律で有資格者以外が行えない領域と隣り合っています。ここを曖昧にしたまま使い始めると、便利さより先に事故が来ます。最初に3層へ分けてください。
| 区分 | 扱い | 具体例 |
|---|---|---|
| 任せてよい | そのまま使う前提で書かせる | 社内通知・案内文・アンケート依頼文・議事録の要約・想定問答の骨子 |
| 下書きまで | AIは草案のみ。決裁前に人が全文を確認 | 社内規程の改定案・業務手順書・月次報告のコメント・取引先への事務連絡 |
| 任せない | 資格者・専門家の業務。AIの回答を根拠にしない | 税務代理・税務書類の作成・税務相談/労働社会保険に関する申請書等の作成と提出代行/個別の法令解釈の最終判断 |
税務については、国税庁が税理士制度の解説で、税務代理・税務書類の作成・税務相談は税理士でない者が行ってはならず、無償であっても同じである旨を示しています(税理士法第52条)。労働社会保険の手続きについても、社会保険労務士法に業務の制限が置かれています。生成AIは資格を持ちませんし、あなたの会社の顧問でもありません。「AIがこう答えたから処理した」は通用しない、と最初に社内で共有してください。
「下書きまで」に置く3つの条件
迷ったときは、次の3条件のどれかに当たる文書を「下書きまで」に置きます。判断が速くなり、担当者ごとのブレも減ります。
- 社外に出る: 取引先・行政・金融機関の目に触れる文書は、必ず人が全文を読んでから出す
- お金か身分に関わる: 支払・請求・賃金・雇用条件に触れる文書は、数値と条件を担当者が原典で確認する
- 効力が続く: 規程・手順書・契約文言など、一度出したら当分そのまま使われる文書は改定履歴を残して決裁を通す
場面1〜3|社内通知・案内文・アンケート依頼

最初に手を付けるべきは、毎年・毎月ほぼ同じ内容を書き直している定型文です。年末調整の案内、健康診断の日程連絡、社内アンケートの依頼文などが該当します。すでに使っている去年の文面を渡して直させるほうが、ゼロから書かせるより速く、社内の言い回しも保てます。
通知文プロンプトは「5点セット」で書く
社内通知が読まれない原因は、たいてい必要な要素が抜けていることです。指示文に次の5点を必ず入れると、出力の当たり外れが小さくなります。
- 宛先(全社員/管理職のみ/パートを含むか)
- 目的(何のための連絡か、読んだ人に何をしてほしいか)
- 期限(提出期限・回答期限を日付で)
- 提出先(誰に、どの方法で)
- 問い合わせ先(部署名と内線)
例:「社内通知を作ってください。宛先は全社員(パート・アルバイトを含む)、目的は年末調整書類の提出依頼、期限は11月14日必着、提出先は総務部の担当者へ社内便、問い合わせ先は総務部内線123です。本文はA4で1枚に収まる長さ、箇条書きを使い、専門用語には短い補足を付けてください。」
例:「以下は昨年の健康診断の案内文です。日程だけ差し替えて、受診できない場合の連絡方法をひとつ追記し、全体を200字ほど短くしてください。文体は変えないでください。」(このあとに昨年の文面を貼る)
例:「社内アンケートの依頼文を作ってください。目的は来年度の福利厚生の見直し、回答は5分以内で終わる分量、匿名であることを明記、回答期限は9月30日。回答が集まらない原因になりがちな表現があれば、代わりの言い方も併記してください。」
場面4・5|社内規程の改定たたき台と、業務手順書
規程の改定は、条文を書き起こす作業より「どこを直す必要があるかを洗い出す」作業に時間が取られます。ここは生成AIの得意分野です。ただし出てきた条文案をそのまま施行してはいけません。就業規則や賃金規程の改定は、労働基準監督署への届出や周知の要否を含めて、社会保険労務士・顧問弁護士の確認を前提にしてください。
例:「以下は当社の慶弔見舞金規程です。金額の見直しを検討しています。(1)現行の条文構成を一覧にし、(2)金額を定めている箇所だけを抜き出し、(3)改定するときに社内で決めておくべき論点を質問形式で5つ挙げてください。条文案の作成はまだ不要です。」
手順書は「口頭説明→箇条書き→質問リスト」の3ステップで作らせる
業務手順書が社内に残らない最大の理由は、書ける人が忙しいことです。書く工程を分解すると、担当者の負担は「話すこと」だけに寄せられます。
- 口頭説明を文字にする: 担当者に10分ほど手順を口頭で説明してもらい、その内容を書き起こす(文字起こしの機能を使ってもよい)
- 箇条書きに整える: 「以下の説明を、初めてこの業務をする人向けの手順書に整えてください。手順は番号付き、使うシステム名と画面名は原文のまま残してください」と指示する
- 質問リストを出させる: 「この手順書のうち、説明が不足していて実行できない箇所を質問形式で挙げてください」と続ける。返ってきた質問に担当者が答えれば、それが不足していた情報です
3ステップ目が要です。手順書の抜けは、書いた本人には見えません。読み手の立場で穴を指摘させる工程を挟むと、1回目から使える精度になります。
場面6・7|問い合わせ対応の想定問答と、月次報告のコメント
経費精算のルールや年末調整の書き方は、毎年同じ質問が同じ時期に集中します。個別に答え続けるより、想定問答を作って先に配るほうが総量は減ります。生成AIには、過去に実際に来た質問をまとめて渡し、分類と回答文の下書きを作らせます。
例:「以下は昨年、経費精算について社員から実際に来た質問23件です。(1)内容の近いものをまとめて分類し、(2)分類ごとに社内向けのQ&A形式の回答案を作ってください。当社の規程で確認が必要な箇所は、回答文の中に『要確認』と印を付けて残してください。」
回答案に「要確認」を残させるのがコツです。AIは知らないことも滑らかに書いてしまうため、あらかじめ印を打たせておくと、人が見るべき箇所が明確になります。
制度説明の文章は書かせてよいが、自社の当てはめは書かせない
電子帳簿保存法を例にとります。国税庁の案内では、電子取引でやり取りしたデータは令和6年1月からデータのまま保存することとされ、令和4年度改正で設けられた宥恕措置は令和5年12月31日をもって廃止されました。あわせて新たな猶予措置が整備され、要件を満たす場合には改ざん防止や検索機能といった保存要件への対応が不要となり、データを保存しておけばよいとされています。
この「制度の説明を社員向けに平易に書き直す」作業は、生成AIに任せて問題ありません。一方で「当社が猶予措置の要件を満たすか」「この取引は電子取引に当たるか」という当てはめは、税理士と国税庁の資料で確認する領域です。制度の説明文と、自社への当てはめ。この2つを分けて考えると、事故が起きる場所が減ります。
月次報告は、数字を確定させてから文章だけ任せる
月次の売上・原価・人員のコメントを書く仕事も生成AIに向きますが、順番を間違えないでください。数値は会計システムや自社の集計表で確定させ、確定した数値だけを渡して文章化させます。「数字も含めて report を作って」と丸ごと投げると、もっともらしい傾向説明に架空の数値が混ざります。渡すのは確定値、任せるのは言い回し。この順番を守るだけで、月次資料の手戻りは目に見えて減ります。
入力してよい情報の線引き|給与・マイナンバー・取引先情報

間接部門は、社内で最も機微な情報を扱う部署です。個人情報保護委員会は令和5年6月2日に「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」を公表し、個人情報を含むプロンプトを入力する際は、特定された利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認すること、本人の同意なく個人データを含むプロンプトを入力する場合には、そのサービスを提供する事業者が当該個人データを機械学習に利用しないこと等を十分に確認することを求めています。
| 区分 | 間接部門での具体例 | 扱い |
|---|---|---|
| 入力しない | マイナンバー、個人別の給与額・賞与額、健康診断の結果、休職・懲戒の記録、口座情報 | 個人が特定できる形でも、匿名化した形でも入力しない |
| 加工してから入力 | 問い合わせメールの本文、議事録、アンケートの自由記述 | 氏名・部署・取引先名・金額を伏せ字や記号に置き換えてから貼る |
| そのまま入力してよい | 公開済みの社内通知、制度の一般説明、自分で書いた文章の下書き | 社外に出ても困らない情報のみ |
この3区分を紙1枚にして席の見えるところに置くと、判断に迷う回数が減ります。ルール文書そのものの作り方は「生成AIガイドラインの作り方」で6項目の雛形を示しているので、間接部門の運用ルールはその中に組み込んでください。
記録の保存は、AIではなく台帳側で完結させる
労働者名簿や賃金台帳など労働関係の重要な書類は、労働基準法で保存期間が定められています。厚生労働省の解説によれば、賃金請求権の消滅時効の延長にあわせて保存期間は5年に延長されましたが、経過措置として当分の間は3年とされています。生成AIとのやり取りは、この保存の要件を満たすものではありません。台帳・システム側に正しく記録を残したうえで、AIは「その台帳を説明する文章を書く道具」として使う。役割を混ぜないことが、監督署や税務調査の場面で効いてきます。
3か月で回す進め方と、県内の相談先
間接部門への導入は、全社展開より先に「1部署・3場面・3か月」で回すと定着します。担当者が1〜2名の会社ほど、範囲を絞ったほうが結果的に早く広がります。
| 時期 | やること | できていれば次へ |
|---|---|---|
| 1か月目 | 入力してよい情報の3区分を紙1枚にする。使う場面を3つだけ選び、去年の文面を集める | 3区分が全員に配られている |
| 2か月目 | 3場面を実際に回す。うまくいった指示文を1つのファイルに貯める | 指示文が5本以上たまっている |
| 3か月目 | 手順書に「この作業は生成AIで下書きを作る」と1行書き足す。他部署へ1場面だけ渡す | 手順書に記載され、担当が変わっても再現できる |
社外の力を借りる場合、栃木県内には入口があります。県が設置した「とちぎビジネスAIセンター」(宇都宮市ゆいの杜1-5-40 とちぎ産業創造プラザ内)は個別相談・ワークショップ・研修講座を扱っており、進め方の相談先として使えます。詳しい手順は「とちぎビジネスAIセンターへの相談の進め方」を参照してください。社員向けの研修を実施する場合、厚生労働省の人材開発支援助成金「事業展開等リスキリング支援コース」の対象となる場合があります(要件審査があります)。制度の全体像は「栃木県の中小企業が使えるAI導入補助金・支援制度まとめ」に、研修そのものの設計は「中小企業の生成AI研修設計5ステップ」にまとめています。
よくある質問
Q1. 経理の仕訳や決算の作業も生成AIに任せられますか?
仕訳の判断や税務処理の結論をAIの回答に頼るのは避けてください。国税庁の解説にあるとおり、税務代理・税務書類の作成・税務相談は税理士でない者が行ってはならないとされています(税理士法第52条)。生成AIに向くのは、確定した数値の説明文を書く、経理ルールを社員向けに言い換える、過去の問い合わせを分類するといった文章側の作業です。処理そのものは会計システムと顧問税理士の領域と考えてください。
Q2. 就業規則の改定案を生成AIに作らせても大丈夫ですか?
論点の洗い出しと草案づくりまでなら有効です。ただし施行前に社会保険労務士や顧問弁護士の確認を必ず通してください。生成AIは自社の労働協約・過去の運用・過去の労使のやり取りを知りません。また改定に伴う届出や周知の要否は個別事情で変わります。「たたき台の作成コストを下げる道具」と位置づけ、決裁のフローは従来どおり残すのが安全です。
Q3. 担当者が1人しかいません。何から始めればよいですか?
去年と同じ文章を今年も書いている仕事から始めてください。年末調整の案内、健康診断の連絡、定例の社内アンケートなどです。去年の文面がそのまま素材になるため準備が要らず、成果もその場で分かります。逆に、初めて作る文書や社外に出る重要な文書から始めると、確認に時間がかかって「かえって遅くなった」という印象だけが残ります。
Q4. 社員の氏名や部署名を伏せれば、問い合わせメールをそのまま貼ってよいですか?
伏せる範囲は氏名だけでは足りないことが多いです。役職・所属・取引先名・金額・日付の組み合わせから個人や取引が特定できる場合があります。個人情報保護委員会の注意喚起でも、個人情報を含むプロンプトの入力は利用目的の達成に必要な範囲内かを十分に確認すること、本人同意なく個人データを入力する場合は機械学習に利用されないこと等を十分に確認することが求められています。実務では、社内で「置き換えるべき項目のリスト」を作り、貼る前にその項目を機械的に置換する手順にしておくと確実です。
Q5. 無料版と有料版のどちらを使うべきですか?
間接部門で扱う情報の性質を考えると、入力したデータの取り扱いを契約と管理画面の設定で確認できる形態を選ぶのが基本です。ただし各社の提供条件は改定されるため、契約前に自社が使おうとしている形態の公式ページで必ず確認してください。比較の軸は「生成AIツールの比較と選び方」で6つに整理しています。
参考・出典
- 国税庁「電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】」(2026年9月5日参照)
- 個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等について」(2026年9月5日参照)
- 厚生労働省「令和6年4月より、募集時等に明示すべき事項が追加されます」(2026年9月5日参照)
- とちぎビジネスAIセンター(栃木県)(2026年9月5日参照)
まとめ|間接部門は「文章の下書き」から取り返す
総務・経理・労務の生成AI活用は、社内通知、案内文、アンケート依頼、規程改定のたたき台、業務手順書、想定問答、月次報告のコメントという7場面から始めるのが現実的です。共通するのは、事実と数値は人が確定させ、文章の組み立てだけを任せるという分担です。そして税務代理や社会保険の手続き代行といった士業の業務には持ち込まない。この2つの線を最初に引いておけば、担当者が1人しかいない会社でも安全に回せます。栃木県内での進め方について相談したい場合は、運営会社の事業内容をご確認のうえ、お問い合わせからご連絡ください。
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